【遊んでるだけ?】デモクラティックスクールへの批判を受け止めます【サドベリースクール】

デモクラティックスクールではこういう光景をよく見かけます。

そしてパッと見てこういう姿だけを切り取ると、「遊んでばかりいる」「ゲーム中毒になるのでは?」などの批判を受け取ることがあります。

でもデモクラティックスクールの本質はこの場面だけでは分からないのです。

デモクラティックスクールではゲームをすることも否定しないし、本人が選んだのならそれもよし。なのでゲームをしている場面もデモクラティックスクールの一端であることは確かです。

でもスクールの活動全体を見て、やっていることの意味を理解することで、初めてデモクラティックスクールが分かります。

そこで今回はデモクラティックスクールに対するよくある批判とそれを対する答えをまとめてみました!

学力がつかないのではないか?

デモクラティックスクールにはカリキュラムがありません。

そのことから国語算数といったいわゆる基礎学力をつける時間は設定されていません。

では子どもたちはそのような基礎学力はつかないのでしょうか。

それは一概にそうではないとは言えません。

私のスクールでもそうですが、まず多くの子どもたちは文章が読めます。

これはゲームの力が大きいと思います。もっとゲームを進めたいから表示される言葉を読んだり、攻略法を調べたりします。

そういったことをする中で必要に迫られ、自然と覚える力はすごいです。

また書くことや計算についてもスクール内で必要が出てくる場合があります。

イベントをするための企画書を書いたり、予算の計算をしたり。

教えられなくても自分で立とうとする赤ちゃんのように必要な力は自然と身につけていくのです。

私のスクールでは最近プリント学習などいわゆる勉強も自らやる姿も見られます。

中3になって高校進学のために勉強が必要だと感じたからです。

そうやって必要や面白みを感じて自らする勉強はモチベーションや定着が全然違うと感じます。

ただ学力を必ず保証します、というスクールではないが故に、結果どうなるか分かりません。

でもそれはカリキュラムを設定している学校でも同じこと。

授業を受けたから子どもたちができるようになっているわけではないということです。

子どもを放置してるだけではないか?

デモクラティックスクールではスタッフから活動の提案をすることはありません。

だから子どもが自ら動かなければ、ずーっとヒマしてたり、一人でゲームをしてたりします。

これって教育の放棄では?お金払ってるのにスタッフは何をしてるんだ?

そう思われるかもしれません。

しかし、子どもが動き出すのを待つのがスタッフの仕事なのです。

多くの大人はこうゆう子どもを見たら、「どこかでかける?」とか「これやってみたらどう?」とか声をかけてしまいます。

しかし、それをすることで、子どもはその声かけを待つようになり、大人の側に期待して、どんどん受け身になります。

私自身もかつてそのように対応して子どものニーズに応えようとしたことがありましたが、それでは責任感が育ちませんでした。

デモクラティックスクールが育てたいのは、自立した一人の人としての子どもです。

だから、何をするのも自由だけど、決めるのはいつも自分なのです。

こういう経験を積むことで子どもたちは、やりたいことがあるなら責任を持って自分がやる、自分の人生は自分で決める、ということを学んでいくのだと思います。

そして子どもが動き出したらいつでもサポートするよ、ということは言葉と態度で伝えています。

安心してチャレンジできる環境づくりもスタッフの仕事だと思います。

社会に出て働けるのか?

「自分の好きなことばかりしていたら、社会に出た時に組織の中で働けないのじゃないでしょうか?」

といったご指摘を受けることがあります。

しかし、デモクラティックスクールを卒業してサラリーマンになった子もいます。

むしろ通常の学校で育ち、自己主張する経験が少なく、気持ちを抑えて爆発してしまうケースがあります。

真の協調性とは自分も他人もみんなが納得できる最適解を導き出すことです。

デモクラティックスクールで育った子は日頃からミーティングをしているので、人との対話が上手な子が多いです。

もちろんこれも全員がそうなるという話ではないので、結果論ではありますが、普通に学校に通う子と変わらず、むしろそれ以上に適応できる場合があるということです。

今度私のスクールではデモクラティックスクール卒業生にお話を聞くイベントを開催しようと思いますので、ご興味がある方はぜひ。

発達障害の子や不登校で傷ついた子にに対応できないのではないか?

これはその通り。特別な支援はしませんので、それを求める方は専門の機関に行くのが良いと思います。

特に後者の不登校で傷ついた子は医療や福祉の分野になると思うので、教育機関であるデモクラティックスクールで前向きになれるとは言い難いです。

しかし、実態としては不登校を経由して来られる場合が多いですし、発達障害を抱える子も多いです。

その場合はデモクラティックスクールがどんな場所か理解して入学する必要があるでしょう。

ただ、デモクラティックスクールは誰にでも向いているスクールではありませんが、どんな子でも受け入れる土壌はあると思います。

特別な支援が必要な子たちもそうでない子たちも社会の中で人間関係を調整しながら生きていく必要があるのは間違いないです。

その練習の場としては、そのような子たちにも価値がある学校だと思います。

どんな教育でも良し悪しがある

以上のように批判に対する回答をまとめてみました。

どの批判も的外れ、ということではありません。

ただ一長一短があるだけです。

そして、それはどんな教育でも言えることです。

だからこそ、家庭で大事にしたい教育観は何なのか、よく考えて後悔のない学校選びができると良いと思います。

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